50歳・早期退職・のんびり楽しい暮らし

50歳で28年勤めた会社を辞めました。会社を辞めるまでのこと、辞めたあとの日々を語ります。

会社で働く時に活かせる女性の能力?

f:id:aoitori50:20180618120039j:plain

女性ということを一つの能力として活かせると考えていました。

 

入社した当初は「差別かも」と不満に思うこともありました 

私が勤めていた会社は圧倒的に男性が多く、管理職の女性比率は今でも数パーセントだと思います。
今でこそ新卒採用は女性がかなり増えましたが、私が入社した時の新卒女性比率は10%くらいの人数でしたし、結婚、出産のタイミングで辞める人が多かったですから。

私は、1990年(平成2年)入社、会社は製造業、配属先は工場の技術部門でした。
工場でもパートなど女性が多く働いているところもあると思いますが、私が配属された工場はほとんど男性ばかり。
女性といえば総務か、工場各現場の庶務担当の方が多く、男性と同じような仕事をしている人はあまりいない状況でした。
配属された部門では、50人くらいいる男性陣の中に、自分を含めて女性5人。
事務処理、庶務を担当する女性が3人、大学卒で男性と同じような仕事をさせようと配属された女性としては私は2人目でした。
当時は企業によっては「総合職」「一般職」という括りもありましたが、私がいた会社にはそれはありませんでした。
ですが、女性に男性と同じ業務を担当させるというのは始めたばかり、どの部門でも模索していた状況で、全体としては女性は事務、補助業務というところから抜けてはいませんでした。
今でも忘れられない象徴的な出来事があります。
私の所属部門では給湯室に手を洗った後に使う共用タオルが日替わりでかけられていたのですが、そのタオルの洗濯と交換は女性5人の日替わり担当制でした。
仕事で遅くなった夜、ちょっと疲れて事務所に戻り給湯室に入って自分の洗濯担当日に気付いた時、なぜ自分だけこんなことをしなければならないのか、不公平だと思いながらタオルを洗った時の気持ち、、、ちょっと忘れられません。

それ以外にも、自分がその業務の主担当なのに社外の人との名刺交換の時に補助担当だと思われて後になったり、些細なことかもしれませんが気になることは時々起こりました。

それでも、大きな男女差別をされるようなことはなく、それなりに業務を任せてもらい評価もしていただきましたので、良い会社だったと思っています。

 

女性だということを能力として活かそうと思った

最初の頃は、不満に感じることが多かった女性であることのデメリット面。
でも徐々に「女性であることが自分の能力の一つである」と考えるようになりました。
数字が得意とか、運動が得意とかと同じ、親からもらった能力。
そう考えて最大限に使った方が自分のためになるのではないかと思ったからです。
業種、社風、職種、相手などによっていろいろだと思いますし、時代も変わってきているので今でも通用するとは思いませんが、私は以下のような考え方とやり方でうまく行くことが多かったように思います。

  1. (女性が少なかったので)対面でお話すると顔と名前は一発で覚えてもらえたので、電話よりは足を運び、顔と名前を覚えてもらうことを心がけました。
    結果、知り合い(人脈)をたくさん作ることができ、何かあった時に相談に行くと誰かしら知っている人がいて、相談しやすく、話が早かったです。
  2. 反論、反対意見などを言う時は、少し笑顔を入れて、あまりキツく見えないように言葉遣いも柔らかめに言うようにしていました。
    「〇〇さんは笑いながら言うから誤魔化されるけど、かなり厳しいことを言うよね」
    と言われておりましたが、あまり緊迫した雰囲気にせずに、自分の伝えたいことを伝え、話し合いに持ち込む手段としては有効だったのではないかと思っています。
  3. 人に与える印象がとても大事だと思っていたので、服装、化粧など自分の印象作りには気を使いました。
    子供の頃からずっと「男らしい性格」と言われ、少々気が強く、発する言葉も強くなってしまうことがあるので、見た目はわざと女性らしさが出やすいワンピース、スカートなどを多用して、ネイルなど手先まで気を使いました。
    「見た目より中身」と言いたいところですが、、、見た目を柔らかく女性らしくしておく方が第一印象も良かったし、キツイことを言わなければならない時もうまく誤魔化しがきいたように思います。

一方、絶対にやらなかったことは泣いたり甘えたりすること。
これは嫌な使い方だと思っていたので、悔しくて泣いたことが2回ほどありましたが、トイレに行って個室で一人でこっそり泣きました(笑)

 私のやっていたことですが、少なくとも私と同世代の男性には確率的に通用することが多い気がするので、女性の方で気が向いた方、試してみても良いかと思います。

 

「女性」という括りがない社会になってほしい

サラリーマンの世界だけでなく世の中全体もまだ「女性」という括り方が強く残っている気がします。
男性は「男性」という括りであまり語られないのに、女性は「女性」と一まとめにされ語られる。
会社で働いている時「女性管理職」とか「女性のキャリアプラン」とか、「女性〇〇」が大嫌いでした。
いろいろな考え、個性の女性がいるんだよと思っていました。
早くこんな括りがない、女性がそれぞれの個性、考え方で語られる、そんな社会になると良いなあと思っています。
(私が書いた、女性であることの能力、メリットが通じない世界ですが(笑))

 

社会の仕組み(健康保険、年金、税金)について学ぼうと思った:まずはファイナンシャルプランナー3級にチャレンジ

f:id:aoitori50:20180617175253j:plain

健康保険、年金、税金などについての知識がなさすぎると思いました。

 

サラリーマンは何も知らなくても会社がやってくれる

サラリーマンをやっていると(大きい会社は特に)健康保険、年金、税金について必要なことは、本人がほとんど何も知らなくても、何もしなくても、渡された書類にハンコを押して提出すれば、すべて会社が面倒を見てくれます。

今回退社するにあたり、初めてどうしたいかをいろいろ聞かれた気がしますが、そもそも選択肢があることも知らず、びっくりするくらい何もわからず、どうしたいかと言われても、、、とかなり困りました。
1年も前から仕事の方の退社準備は始めたのに、社会保険についてはまったく思い至りませんでした。

稲垣さんの「魂の退社」に書いてありましたが、私も同じような状況になりました。

 

仕組みを知るにはファイナンシャルプランナー

3月のある飲み会の席で仲が良かった方から
「基本的なお金の仕組みがわかるようになるから、ファイナンシャルプランナーの勉強やってみたら?自分も2級の勉強をして親の対応でとても役に立ったよ」
という話を聞きました。
その時すぐにやってみようとは思わなかったのですが、

  • 4月以降、時間を持て余すかもしれないし、何かやることがあると良いかも。
  • 退社の手続きであまりにも基本的なことを知らずかなり困った。
    (ネットで調べまくって何とかしたけれど、正しかったのかどうかもよくわからない)
  • 今は元気で自分の面倒は自分たちでみている両親、義両親に今後何かあった時、公的な手続き、支援について何も知らない。

と、これから未来に向かって必要になりそうな知識なのに、知らないことはたくさんありました。

ネットで検索してみたところ、ファイナンシャルプランナー3級は独学で合格している方が結構いらっしゃるようでした。

自分に必要な知識が全部網羅できるとは思いませんでしたが、基礎的なことはわかるようになりそうなので、とりあえずやってみようかなあとその気になり、参考書、問題集を購入して、勢いで試験にも申し込んでしまいました。

 

ファイナンシャルプランナー3級について

ネット情報を参考に、一般社団法人 金融財政事情研究会(金財)のFP技能検定3級(実技は個人資産相談業務)を選んで申し込みました。
NPO法人日本ファイナンシャル・プランナーズ協会(日本FP協会)もあります。
→金財の実技は「保険顧客資産相談業務」も選択できます。

この辺の情報は以下のページでいろいろ取得できますが、どれを選んでも取得できる資格に違いはないようです。
私の場合は、自分の知識を増やしたかっただけなので、正直なところ適当に選びました。

FPに関するQ&A | 一般社団法人 金融財政事情研究会

 

購入した参考書と問題集は人気のある以下のシリーズです。
私はこの教科書と問題集のみしか使っていませんが、本試験で出題された問題の90%以上は網羅していたように思います。(感覚的で申し訳ありませんが)
「え、そんなのどこかに書いてあったっけ?」という問題もいくつかありましたが(ただの勉強不足の可能性も、、、)合格ラインは正解率60%なので、内容的には十分だと思います。

みんなが欲しかった! FPの教科書 3級 2018-2019年 (みんなが欲しかった! シリーズ)

みんなが欲しかった! FPの教科書 3級 2018-2019年 (みんなが欲しかった! シリーズ)

 
みんなが欲しかった! FPの問題集 3級 2018-2019年 (みんなが欲しかった! シリーズ)

みんなが欲しかった! FPの問題集 3級 2018-2019年 (みんなが欲しかった! シリーズ)

 

受験の申し込みをしたのが2018年4月5日、試験日は5月27日、土日・GWは外出したり遊んだりとまったく勉強しなかったので、実質勉強時間は40時間前後くらいだと思います。

 

FP3級を受験した結果と感想

公式な合格発表はまだなのですが、自己採点では「合格」できたと思われます。

今回の試験で久しぶりに図書館に通ってみたり、自分なりにノートに要点をまとめてみたりと、結構楽しんで勉強できました。
さらに試験当日。
ほぼ30年ぶりに合格・不合格がある試験会場の雰囲気を味わい、とても懐かしく、別の意味でも楽しんでしまいました。

肝心の知識がついたかということですが、3級ですと本当に基礎的なことしかわからず、また、実体験が伴わない本で学んだ教科書的な知識なので、自分のことで疑問を持っても答えがわからないことはたくさんあります。
ですが、年金、健康保険、税金などについて、基本的なことを学べたことはとても良かったと思いました。

また、私の場合、何かゴールや締め切りが決まっていないとやる気が起きないタイプなので、「受験して合格する」を設定したことは勉強のやる気をあげるという意味で良かったと思います。

 

2級にチャレンジするか

何か目標を設定してそれに向かって進んでいくのは、意外と楽しいことがわかりました。
昔は勉強が嫌いだったのに、楽しんでいる自分も意外でした。
自分が知りたいと思う内容で、義務も責任もなくお気楽にやっているからというのが大きいとは思いますが、そんな自分の一面を知ることができて面白かったです。

せっかく3級レベルの知識をつけたし、このままもう少し深掘りしても良いかもと思いまして、3級と同シリーズのFP2級の教科書、問題集を買ってしまいました。
次回の試験日は9月9日、申し込みは7月4日から始まります。
受験はもちろん有料なのでどうするかはこれから考えるとして、教科書をパラパラと読み始めたところです。
楽しみながら続けて、少しでも知識を広げられたら良いなと思っています。

 

退社を決めた理由

f:id:aoitori50:20180616163333j:plain

2017年春に「あと1年で辞めるつもりでやってみよう」と突然踏ん切りがつきました。

2014年〜2016年までの経緯

これまでブログに書いてきましたが、退社を決めた理由は一つではなく、数年間で入ってきた情報、やってみたことなどがパズルのピースがはまるようにうまく組み合わさって出た結論のように思います。

  1. とてもお金を使っていた服、美容などの買い物が「肌断食」「湯シャン」「お片づけ(断捨離)」のおかげで興味が薄れた→必要なお金が減った。
  2. ウルグアイ、元大統領のムヒカ氏の言葉に共感。モノの所有欲が減り自分にとって幸せとは何かについて考え始めた。
  3. 会社に対する気持ちが若い頃とは違ってきた。だんだん今の組織体制の中にいる責任の重さに耐えられなくなってきた。

その後「退社」という言葉が事あるごとに頭に浮かぶようになりました。
何となく情報が欲しくて「50歳 退社」と検索してみるといろいろな記事がヒットしました。
40代、50代で自分の意思でリタイアして生活されている方が実際にいた!
たくさんのブログ、記事、情報が出ていました。
「アーリーリタイア」という言葉があることもその時初めて知りました。
それとともに、若い頃から漠然と働き続けていたとしても45歳から50歳には辞めたいなあと思っていたことを思い出しました。
そして2017年は50歳になる年でした。

2017年春「あと1年だと思って仕事に取り組んでみよう」と思った

私がいた会社は一般的な4月〜3月の年度で運営されていました。
2017年度のスタート4月に、今年度1年間ですべてに結果を出すつもりでやろうと決めました。
まだ100%絶対やめようと決心していたわけではありませんでしたが、辞めるのなら準備をした方が良い、それには1年くらいはかけてやるべきだと思ったからです。

取り組みの考え方を変えてみたら、何となく仕事に対しての感じ方が変わりました。
多少嫌なこと、トラブルがあっても「今回限りの良い経験、あとで良い思い出になるかも」と感じてあまり苦にならなくなりました。
結果を出したかったので、スケジュール管理、結果管理にもかなりこだわりましたし、私なりに良い進め方ができ、1年前から準備して良かったと思います。

「もう辞めよう」最終決断のきっかけとなった出来事

4月からあと1年のつもりで取り組み始め95%くらいまでは辞める決心をしたものの、最終結論は迷いに迷っていました。
そんな中で夏頃、信頼していた方に裏切られるような出来事が起こりました。
信頼関係ってとても大事です。(特に私にとっては)
100%相手が悪いと言うつもりはありませんが、信頼関係が築けていると思った相手ですから、話せばわかりあえるところはあると思っていたんです。

でもそれは私の思い込みで、そのあと数ヶ月間、対応の態度も変わってしまい、事あるごとにチクチクと言われ続ける状態になりました。
私が感じていた信頼関係は何だったのか、、、少し人間不信になりました。

そして、迷っていた残り5%が0%になりました。
こんな人間関係のなかで仕事を続けていくことが嫌になり、私の幸せはここにはないと思いました。

辞めて後悔しているか→No

最終的に決断するきっかけとなった出来事はあったわけですが、その前からずっと会社を辞めることを考え続けてきて、1年前から準備も始めていました。
3月辞める時にはこじれた関係も修復できていましたし(表向きは)、仕事も結果を残せたもの、残念ながらそこまでいかなくても道筋はきちんとつけられたと思っていますし、思い残すことはほとんどなかったです。

そろそろ退社して3ヶ月になりますが、辞めなければ良かったと思ったことはまったくありません。(多少強がりも込めて(笑))
会社に使っていた時間を別のことに振り向けることができ、いつかやってみたいと思っていたこと、これから楽しんでできる何かを求めて、自分探しの旅を続けていきます。

 

久しぶりの都内、自分でハードルを上げていたと気づいたこと

fukui.291ma.jp

義父が福井県出身なので、父の日に何か福井県のものを買いたくて久しぶりに都内に行ってきました。

 

銀座店「食の國 福井館」へ

アンテナショップに行くのは初めてですが、この辺は各県アンテナショップがたくさんある場所らしく、目に付いただけでも沖縄県茨城県高知県などを見かけました。
義両親の出身地ながら一度も行ったことがない福井県
どんなものが喜ばれるかもわからず、店員さんにお聞きした情報をもとにいくつか選びました。
福井県アンテナショップのオンラインショップで買った商品の掲載がなかったので楽天のショップからで失礼します。私が買ったものとは違うことはご了承くださいませ。)

↓ ↓ ↓

3つとも「懐かしい、久しぶりだ」ととても喜んでもらえました。
瓶詰めのわかめはまったく知らなかったので、店員さんに教えていただいて本当に良かったです。
ありがとうございました。

 

自分でハードルを上げていたことに気づく

自分一人でいろいろ考えていると、不安や心配事が勝手に大きくなりませんか?
一昨日、ダンナの実家を一人で訪ねることについて腰が引けている記事を掲載したのですが、他の方が聞いたら「そんな些細なことで何を悩んでいるのか」ということだったでしょう。
でも、初めてのことに挑戦する時、自信がないことに挑戦する時など、一人でいろいろ考えていると

「〇〇になったらどうしよう」

「〇〇と思われるんじゃないか」

「自分が想定していない何か恐ろしいことが起こるのでは?」

などといろいろなことが思い浮かんできますよね。

今日、福井県の品々を持ってダンナ実家を訪ねてみたら、心配事は何だったのかというくらい楽しい会話の時間を過ごしてきました。
心配し過ぎで自分でとてつもないハードルを想定してしまっていたことに気付きました。

何でもいろいろ事前に準備することは大事かもしれませんが、ある時点で決断して一歩前に進み出す、行動をしてみることを大事にしていきたいと思いました。
会社を辞めたあとやってみたいと考えていたあれこれ(このブログもそうです)でまだできていないことがたくさんあります。
一歩づつ焦らずのんびり楽しく進んで行きたいと思います。

 

★ブログを書いていらっしゃる方々は普通に写真を撮ってくるのだと思いますが、まだ慣れない私は今日完全に写真撮影のことが吹っ飛んでおりました、、、(気づいた時にはあとの祭り)
これからきちんと写真も残していきたいと思います(忘れなければ)

 

自分にとって一番大切なものは?それを貫けない自分が嫌になったけれど。

f:id:aoitori50:20180610203112j:plain

自分にとって一番大切にしたいものは何だろう
(少し前に終わったTV東京ドラマの引用です、、、)

仕事をする上で大事にしていたこと

若い頃から会社や働いている人たちにとって良くなることをやりたいとずっと考えていました。
言われたことを命令だからとやるのではなく、自分の腹に落とし、自分なりに考え提案をして、より良いものにしたいという思いがとても強かったです。
(少々独りよがりで思い込みが激しかったのかもしれません)
そのため、上司とはぶつかったりしていましたが、割と聴いてもらえることが多かったように思います。
女性の少ない会社でしたから多少多めに見てもらえていたことはもちろん自覚がありましたが、自分が良いことを言っているから、正しいことをやっているから聴いてもらえるんだと勘違いをしていた部分もあったと今ではわかります。
40歳前にまったく一緒に仕事をしたことがなかった方が上司になり、自分のやり方はそれまでと何も変わっていないのに、急に話が通らなくなりました。
その時、以前聴いてもらえていたのは自分の話の中身ではなく、聴く側が聴こうとしてくれていた、つまりとても懐の深い大きい人たちに囲まれた恵まれた環境だったんだと初めて理解をすることができました。

それ以来、上司、関連部署と調整をするときは、話の仕方、タイミング、雰囲気、話す時間、ポイント、言葉遣いなど、非常に気にしながら話すようになりました。
結果として自分のやりたいこと(=正しいと思っていること)ができるのであれば、真正面からぶつかるだけではなく、変化球も使いながらうまくやれば良いと考え方を変えたのです。
周囲には理解して味方してくれる方々もいましたし、その時点では辛いとか、もう嫌だとか思ったことはあまりありませんでした。

ところが数年前からさらに会社内の組織体制が変わり、もっと話が通じにくくなりました。
そういう会社は多いかもしれませんが、震災後しばらく業績不振が続きましたし、変化のスピードが早いので、それに合わせて体制をどんどん変えて行く感じです。
組織も上司もどんどん変わります。
そんな中、話がまったく通じないのに、それを受け入れ、言っても仕方ないとあきらめて説明もしなくなっている自分がいることにある日ふと気付きました。

 

自分が信じていることを貫けず辛くて逃げた

こう書いてしまうと身も蓋もありませんが、結局はそういうことだったと思います。
いろいろ考えはあったにせよ、信じているもの、やりたいことを貫けず、そこに甘んじている自分が嫌になってしまいました。

そんな中で読んだ本です。
自分がこの時代に生まれた男だったら、本当に上司に反抗して死なないでいられたのだろうか、自分が送り出さなければならない上官の立場だったら部下、若者たちのためにきちんと戦っただろうか。
サラリーマンの世界でも流されてしまっていた自分にそれができるのだろうか。
想像の中でも難しいことはよくわかります。

この時代にそんなことをやった人たちがいるという衝撃を受けた記録です。
結局私は逃げてしまったので何を言っても始まりませんが、少しでも近づきたい、考え方を変えていきたい、何かできる自分でありたい、なる努力をしていこうと思わされた1冊でした。

会社を辞めたあと両親との距離感が変わりました

f:id:aoitori50:20180613211658j:plain

6月17日(日)は父の日ですね。

実の両親のこと

私の両親は父81歳、母72歳、幸いなことに二人で元気に暮らしています。
私の父は完全に亭主関白、家庭の中は父親は絶対という感じで、小さい頃父と遊んだり可愛がられた記憶はあまりなく、少し遠い存在でした。
母とは性格が全然違い話が合わないことも多く、仲が悪かったわけではありませんが、ほどほどの距離感を保ってきました。
大学で一人暮らしを始めて家を出てからずっと別々に生活してきて、これまでは1時間半くらいで行ける距離にも関わらず年に2〜3回、日帰りで顔を見に行く程度でした。
ですが、会社を辞めたのを機に距離感を少し変えました。

私は子供がいないので実感として親の気持ちはわからないですが、自分が歳をとってきて親の有り難みは少しづつ感じるようになりました。(若い頃は少し面倒だなと思っていました、親不孝すみません)
親の愛情って本当に無償の愛情ですね。
うちの両親は昔の人たちなので言葉や態度には出しませんが、おそらくどんなことがあっても自分の味方をしてくれるはずです。
そういう風に感じられる育てられ方をしたこと、そういう親の元に生まれてこられたことに感謝しなければと思っています。

40歳過ぎた頃からそんな気持ちになっていたのに、休日は家でのんびりしたくてついつい後回しになっていましたが、これではいかんと4月から毎月最低1回は顔を見に行くようになりました。
今週は父の日の週ということで、今日は実家を訪ね、昼間から軽くお酒を飲みながら楽しく話をして帰ってきました。
会社を辞めなかったらやろうとしなかったことなので、良い時間の使い方かなと思っています。
縁起でもないですが、、、あとどれだけ時間が残されているかわからないので、できる限り会いに行って感謝を伝えるとともに、(ぼけとか)変化には早めに気付いてケアができたら良いなあと思っています。

 

義理の両親のこと

義理の両親は義父88歳、義母84歳、こちらも元気で二人で暮らしています。
義理の両親との関係は結構微妙で難しいですね。
初めて会った日に絶対に嫌われたくないととても緊張したことは忘れられないですし、結婚して21年経過した今でもかなり微妙な距離感があります。
恵まれたことに良い義父、義母なんですが、、、この嫌われたらどうしようという気持ちがどうにも抜けず、今だに会話でかなり気を使います。

実の両親ですと「明日いる?行くね」と軽く言えるのに、その連絡をすることにも腰が引けてしまい、いつか行こうと思い始めて早2ヶ月半、今だに訪ねられずにいます。

ダンナは私以上に距離感を持って両親と付き合っているので放っておいていいよ、大丈夫だよと言われているのですが、自分してはこの距離感を何とかしたい。
こちらも縁起でもない話ですが、残された時間は短いと思われるので、早く行動を起こさねば、、、ということで、明日か明後日、電話をして訪ねてみようと思っています。

結婚20年以上、50歳を過ぎている嫁が今さら幼稚な悩み事ですが、、、
私なりに義父、義母との距離感も何とか近づけていきたいと思います。

 

最後にこれから起こるかもしれない将来に備えてしばらく前に読んだ本です。
理屈では理解できる部分、その時自分がどう思うのかという感情面、そして最終決断ができるのかどうか、非常に考えさせられました。

欧米に寝たきり老人はいない - 自分で決める人生最後の医療

欧米に寝たきり老人はいない - 自分で決める人生最後の医療

 

 

「魂の退社」(稲垣えみ子氏)の書評で改めて感じたこと

 

魂の退社

魂の退社

 

毎日何となく読んでいた日経新聞の広告で、目に飛び込んできた「魂の退社」

会社を辞めることを漠然と考え続けていた

肌断食、お片づけ、ムヒカ元大統領と続き、「生き方を変えること=会社を辞めること」が頭を離れなくなりました。
そんな日々の中、毎朝惰性で読んでいた(眺めていたと言う方が近い)日経新聞の広告で目に飛び込んできたのがこの本です。
自分と年齢が近く、50歳で働き続けた会社を辞めた、しかも独身で。
ぜひ読んでみたくて速攻で買いました。

会社を辞めることに対する考え方

同じような世代で同じような時代を生きてきて、「金満ライフ」も多少違えど似たようなことをし、会社組織に対して若い頃とは違う意識が芽生えて悩み、社会の仕組み(年金、健康保険など)はすべて会社任せでよく知らない、、、など「うんうんわかる」と頷けることがたくさん書いてあって、ちょっと笑ってしまいつつ、自分と同じような感覚の人がいたんだと、とても共感できました。
ですが、、、今改めて書評を見ると「世間知らず」「幼い」「所詮お金に困っていない人の遊びレベル」などなど酷評も結構あって一瞬ビックリしたのですが、人がどう感じるかはいろいろあって当たり前ということに改めて気付かされました。

私はものすごいお金持ちの子ではありませんが、普通のサラリーマン家庭で育ち、学校も行かせてもらい、就職後は大企業の一員で生きてきて、今日のご飯にも困るくらいお金がないこととか苦労とかは知りません。
好きとか嫌いとか、向いている向いていないとか、そんな贅沢な選択肢などなく働くしかないという状況も今となってはよくわからなくなっています。
多少想像はできてもそれは想像の世界であって、経験に伴うリアルな感覚ではありません。
私が退社する前に自分としては悶々と悩んだことも、他の方から見たら甘ちゃんのたわ言だったのかもしれない、、、

なぜブログを書き始めたのか

会社員時代に何となく考え方が似ている同僚に「魂の退社っていう本が面白かった」と伝えたら、興味を持ってくれて、読んだ後の感想はやっぱり「おもしろかった」でした。
私も辞める時には稲垣氏同様「もったいない」と結構言われ、何がもったいないと言っているのか理解できませんでした。
私はそういった考えの人たちに囲まれ、そういった環境で生きてきたということです。
でも、50歳で、これまでの環境を変え、時間を大事にしながら、自分が大切と思えるものを見つけて、幸せに生きていきたいと思って会社を辞めたんです。

そして、同じような環境や感じ方をしたり、悩んだりしている方々も少なからずいるはずで、ブログを通してそういった方々とつながってみたかったんだと改めて認識することができました。
ある側面から見たら世間知らずのたわ言を書いているかもしれませんが、それでも共感していただける方とつながっていけたら幸せです。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。