以心伝心はないと思う
「以心伝心はない」と考えたら、ハッピーになれました。
言わなくてもわかってほしい
日本特有と言われていますが「以心伝心」という言葉があります。
コトバンクによると以心伝心(いしんでんしん)とは。
① 禅宗で、言葉では表せない仏法の神髄を無言のうちに弟子に伝えること。
② 考えていることが、言葉を使わないでも互いにわかること。
(コトバンク、大辞林第三版の解説より引用)
昔は家でも会社でも「言わなくてもわかるでしょ」と思うことがよくありました。
例えば、、、
- 朝洗濯をして干して出社する。仕事が遅くなって自分の方が遅く帰宅する。ベランダを見たら洗濯物が干しっ放し。疲れて帰ってきてさらに疲れが増す。あなたの分も洗濯してるし先に帰ってるんだから取り込むくらいやってくれても良いのに(対 ダンナ)
- 私が若い頃は〇〇くらい言われなくてもやっていたけれど、、、なぜやらない?こんなことも気付かないのかな。最近入ってきた若者たちはホント気が利かないよね。(対 部下のみんな)
こんな感じでだいたい不満に繋がることが多かったように思います。
はっきり言わないくせに不満には思っているから、顔や態度に出てしまい、結局相手にとってとてもわかりにくいメッセージ(なんか不機嫌)が発信されることになります。
会社は仕事なのでまだはっきり言いやすいですが、家庭内だと意外と些細なことだったりして逆に言いにくくて、言わないまま不満が少しづつ蓄積されていくことに、、、
自分が言わないことはわかってもらえない
「自分が言わないことを相手に理解してもらうのは無理なんだ」
と思うようにしました。
わかってもらいたいこと、やってほしいことは言葉ではっきり言う。
言葉で言うとなるとさすがにあまりにも自分勝手なことや、どうでも良いレベルの些細なことは言えなくなるので、自分のワガママな感情も抑えられます。
そして、わかってもらえなかったり、してもらえなかったりした時には
「自分が言っていないのだから仕方ない」
「〇〇をしてほしいから言おう」
と考えることができます。
わかって欲しいこと、やって欲しいことははっきり言うようになって、変な不満を溜めることがなくなったように思います。
相手のことを理解する努力はしていきたい
一方で、
「聞いていないからわからない」
「(何でもかんでも)言ってくれないと」
とはあまり考えたくはないです。
自分のことは言わないと伝わらないけれど、相手のことは言葉がなくてもできる限り理解して気付いていきたい。
もちろん全員は無理なので、自分にとっての大事な相手だけでも。
少し考え方を変えるだけで、ちょっとだけハッピーに生きられます。